令和と書いた人は茂住修身(書家)!プロフィールや学歴は【画像】

茂住修身




2019年4月1日に新元号は『令和』と決定しました。世間では「令和」の響きや感覚的にどう?と賑わっていますが、午前11時半に発表した『令和』の新元号の文字を書いた人は誰でしょうか?

令和の文字がすごく綺麗だとネット上でも話題になっています。『令和』の文字を書いた人は茂住修身さんです。

今回は、『令和』の文字を書いた茂住修身さんのプロフィールや顔画像、学歴について、まとめてみました。

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「令和」の文字ががキレイ

令和が美しいとネット上でも話題に

茂住修身さんのプロフィール

茂住修身

名前 茂住修身(もずみおさみ)
生年月日 1956年
年齢 62歳

出身 岐阜県飛騨市古川町
学歴 大東文化大学
職業 内閣府辞令専門官

新元号を書いたのは書道家の茂住修身さんです。

まさに字をかくことを専業とする国家公務員「辞令専門官」の方となります。

辞令専門官の人って、どんな仕事を任せられるのか…といったところですが、字のごとく公務員試験で採用されるのではなくて書道家級の腕を持つ方が任命される役職となっています。書くことの専門だけの役職があるということにも驚きですね。

茂住修身さんは、大東文化大学を卒業しています。今回の書だけではなく、政府内閣組織の看板や表彰状なども書いているということです。

「平成」の元号が決まり、この時に書いた人も同じく「辞令専門官」です。平成の時には、「辞令専門官」の河東純一さんです。

河東純一さんは、茂住修身さんと同じく大東文化大学で、茂住修身さんは後輩にあたるようです。

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河東純一さんのプロフィール

河東純一

名前 河東純一
生まれ 1964年
出身地 茨城県

河東純一さんは、大東文化大学第一高校在学中に書家を志し、毎晩なんと100枚近くも書き続けるなどして修練を重ねたということです。

河東純一さんが34歳の特には前任者が退官したことによって辞令専門官に就任。辞令専門官として職務に従事していてからというもの定年退官するまでの30数年間に、約20万枚以上の官記や位記、辞令書などを揮毫しています。やはり、ここまでの経歴を見ると、選ばれて当然の方だということが分かりますね。

2007年には、61歳くらいですが退官後には埼玉県で書道教室を開いています。

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新元号『令和』はいつ書いたのか?

今回、テレビを見ていた人は分かるともうのですが報道番組でもバタバタしている様子も分かるように、内閣の方でもバタバタしています。

新元号は、何日も前から書いていて準備しているわけではなくて、発表される直前に書かれているのです。新元号が決定したのが午前11時15分頃なので、そこから菅官房長官が発表するまでの間、約15分の間に書かれています。

これは本当に大変な大役ですよね…事前に練習することも出来ないわけですし失敗はもちろん許されないので、凄いことだと思います。やはり、日本国民にほぼ全員が目に触れる「字」なので。

まとめ【令和と書いた人は茂住修身(書家)!プロフィールや学歴は【画像】

今回は、『令和』の文字を書いた茂住修身さんのプロフィールや顔画像、学歴について、まとめてみました。

やはり全国民の目に触れる書ということ、さらには歴史的に残るものなので専門家が書いているのは当然のことだとは知りながらも書道をしている私から見ても誰が書いたんだろう…と気にはなります。ネット上でも誰が書いているのか知りたい!という声が結構、多かったです。

政府内閣の中に、書くことの専門だけの役職があるということにも驚きでした。平成が終わろうとする今でも小渕さんが持って発表した「平成」の文字も今でさえ報道されることもあり今回の「令和」の書も、この先ずっとずっと報道の中で受け継がれるものとなることだと思います。まさに、大役ですよね!

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